日本の「ガソリン車禁止」案は形だけ、現状サプライチェーンを維持

次世代自動車

EVシフトによる構造改革よりも従来型自動車業界の保護を選んだ

「2030年代半ばガソリン車新車販売禁止」というセンセーショナルな見出しをよく目にする。日本も欧州や中国が進めるEV普及に舵を切るのか、と思いきや、実際のところはそうでもなさそうだ。

アリア 日産

日産 アリア

「2030年代半ばガソリン車新車販売禁止」は比較的簡単に達成できる

ここで禁止されるガソリン車というのは厳密には、純ガソリンエンジン車、あるいはコンベンショナルガソリンエンジン車と呼ばれるものである。ハイブリッド車はOKということだ。

つまりおよそ15年後、新車販売するモデルには最低でも小型モーターアシスト付きの、いわゆるマイルドハイブリッドエンジンを搭載しておけばよいというものである。これは日本国内のメーカーであれば、軽自動車を含めて、その気になれば達成できそうではないか。

プリウス

トヨタ プリウス

各地域のEV優遇政策は、環境問題よりも産業育成が目的

ガソリン車規制、EV優遇に関するルールは、欧州、中国、そしてテスラの本拠地であるカリフォルニア州が先進的であるとされてきた。これらの地域は、ルールに多少の違いはあれど、「ハイブリッドを含めたガソリン燃料車を減らす」、「EVを増やす」ことを効果的に達成するものである。

これは言い方を変えれば、「トヨタ車を減らす」、「地元生産車を増やす」ともなる。

テスラ model x

TESLA MODEL X

欧州のCAFE規制、真の狙い

欧州の事情で考えれば、エンジン車の環境性能を極めた勝者はトヨタであり、敗者はディーゼル不正のフォルクスワーゲンである。この際、ルール変更により産業ごとEV転換するほうが有利というわけだ。

VW ディーゼル

フォルクスワーゲン TDI エンジン

もちろん全台数がEVになるというわけではなく、EVの販売台数をある程度達成できておれば、従来の環境性能の低いエンジン車を罰金なしで販売継続できるという多くの欧州メーカーにとって都合の良いルールである。

トヨタがハイブリッドカーで積み上げてきた環境性能に関するアドバンテージを帳消しにするような内容でもある。いや、トヨタはまだ帳消し程度で済みそうだが、スバル、マツダあたりは、早急にEVの販売台数を増やさなければ、多額の罰金を支払うか、テスラのようなEV専業メーカーからCO2排出枠を買うことになる。

中国はEV向けバッテリーの主導権を手中にしつつある

一方で中国は、EV向けバッテリーでの主導権を取りに行った。EVの基幹部品は第一にバッテリーである。中国の車載向けリチウムイオンバッテリーのシェアは、CATL社とBYD社を合算すれば、パナソニックを抜き世界一となった。中国のEV優遇制度は、中国製のリチウムイオンバッテリーを採用した車種でなければ、享受できない仕組みになっている。

中国が獲得しつつあるバッテリーの主導権は、中国の人口からくる需要と政策の後押しがある限り、全固体など次世代バッテリーになろうとも、もはや覆すことはできないかもしれない。

C-HR / IZOA EV

トヨタ C-HR / IZOA 中国仕様 EV

日本はハイブリッド車を継続

今回の日本の政府目標、「2030年代半ばガソリン車新車販売禁止」という表題は、欧州や中国に準ずる規制と読まれがちだが、実際は全く異なる。環境問題に託けた批判を避けながら、国内にある現状の自動車関連産業、サプライチェーンを保護するものと考える。

つまり「EV普及の先延ばし宣言」と見ている。

ジャトコ FF 2.0Lハイブリッド向けCVT

ジャトコ FF 2.0Lハイブリッド向けCVT

現段階では、EVは必ずしもエコとは言えない

EVは、実際には大量のCO2を発生させる。工場での生産、ユーザー走行、いずれの過程においても大量の電力を必要とする。EVがエコであるためには、化石燃料を使った発電比率が低くなければならない。原子力発電で有名なフランスは化石燃料比率が9%、水力発電で有名なスウェーデンは化石燃料比率が2%である。こういった地域内に限ってバッテリー生産、車体生産、充電を行えば、EVはエコである可能性が高い。

Honda e

Honda e

しかし、日本は7~8割、アメリカは6~7割、中国は7割が化石燃料による発電を行っている。世界的に見ても人口の多い地域ほど化石燃料にエネルギー依存せざるを得ないケースが多い。そこではガソリンエンジンをベースにした高性能なハイブリッド車が、実質的には最もCO2排出量が少ないエコカーということになる。

現状、環境的な観点から合理的なのは、ざっくりと言えばハイブリッドカーである。それでもEV普及を先送りしたことに不安を覚えるのは、自動運転、IoTといった次世代技術で覇権を取り逃す危険性が高まると考えるからである。

EVは自動運転、IoT覇権を制するのに有利

これから自動車というツールは大転換期を迎える。完全自動運転とインターネット接続(IoT)が技術的基盤となり、様々なサービスが実現する。

例えば、自動運転によりユーザーを目的地に到着させれば、クルマは自ら空き駐車場に向かい自動で充電。帰りはスマートフォンで呼び寄せれば玄関前まで迎えに来る。この程度は誰もが予想できる未来であり、テクノロジーはここに向かって進んでいる。

こういった次世代技術はEVでなくてもエンジン車でも実現可能ではある。しかし、その開発競争のなかで覇権を握ろうとすると、エンジン車よりもEVが有利になる。その理由は、部品点数と車種ラインアップの数にある。

MX-30 マツダ

マツダ MX-30

エンジン車はECUの統合作業が足かせとなるリスク

エンジン車は通常3万点を超える部品で構成されるが、EVは1~2万点程度で済む。部品点数が少ないほど、多くの部分をメーカー自社内のコントロール下に置くことができるため、開発スピードは早くなる。

中でもECUは、高性能かつ少数で構成されていることが、次世代自動車の開発で重要視される。ECUはEngine Control Unitの略であるが、エンジン制御に留まらず、クルマ全体の電子制御をこなす。その機能の中には、自動運転もIoTも含まれるのだ。

テスラ ECU

テスラ ECU

テスラ車のECUは水冷式の高性能なものを含む数個だけを搭載する。一方で従来型自動車メーカーの車は、数十個にも及ぶECUが各所に分散して搭載される。

ECUの統合はエンジン車を生産する従来型自動車メーカーでも目指されている。しかし低価格車から高級車まで多車種がラインアップされるなかで、統合ECUを今すぐ全てのモデルに共通インストールすることは、機能的にもコスト的にも折り合いが付かない。段階的に統合していくことが現実的となる。

この間に、EVで強みを持つメーカーやGoogleのようなIT企業に次世代のサービス、アプリケーション開発において先行されてしまうリスクがある。ここが心配されるところである。

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